真円に程近い白銀の輝きが、世界を静かに見下ろしていた
たとえ地上が滅びようが、世界が慟哭にもだえようが
変わること無き静かな輝き、世界を越えても変わらぬ輝き
その優しき眼差しは、誰よりあの女を思い出させてならない
達哉はその慈愛と痛みに満ちた輝きを見つめながら
手の中のライターを無意識に鳴らしていた
どこより痛いこの場所で
「達哉、言われた通り連れてきた」
声は鳥居の下から聞こえた
予想通りの人物がそこには立っていた
吉栄 杏奈
セブンスのクラスメートでもあり、イン・ラケチスキャンダルにおける
仮面党の幹部でもあった人物
誰より人に絶望し、全ての滅びを望んだ級友
その虚ろな心に、凍てついた心に、希望という温光を教えたのは・・・
「わざわざこんなところに呼び出して、話ってのは一体なんだい?」
黛 ゆきの
彼女だった
「身体の方はもういいのかい?まぁあんたはペルソナ使いだからね
人よりは丈夫に出来てるだろうけど・・・・
あんまり無理するんじゃないよ」
ゆきのはそういうと、達哉の心情を思い口をつぐんだ
そう、ゆきのにも分っていた。達哉がその仲間たちを失ったと言う事が
「それじゃぁ、あたしは先に帰る」
杏奈はそういうと、きびすを返し社を後にする
その後姿に達哉は一言呟いた
「・・・・すまない」
風にまぎれたその一言に、杏奈は軽く手を上げ消えた
いつに無く冷たい風が社の木々をざわめかせた
もうすぐ冬がやってくる、その予兆だったのかもしれない
風をよけ、二人は社の階段に腰掛けた
沈黙のときが続いた
「周防、あんたが話したくなったら話せばいいさ、あたしはそれまで待ってるよ」
ゆきのは白銀の輝きを見つめながら静かにそう告げた
ゆきのにとっても達哉に聞きたいことは山ほどあった
この場所で別れてから一体何があったのか、それはこの世界に起こった事件の
真相に他ならなかったからだ
だが、それを聞くのはあまりにつらすぎるのも事実だった
地上滅亡という予言の成就が起こったとき、自分ははからずしもすべての終焉さえ
考えた、戦っている仲間たちも、この皮肉に満ちた方舟の上で
だが、事件はそこで終わった
いやその残像はいまだ火種を巻きつづけてはいたが、人々はそれを煽る行為の
むなしさに気づき始めていた
そう、何かが変わったのだ、あの瞬間
セブンスから上がった光柱は一瞬その光を増し消滅した
ゆきの達が駆けつけたとき、達哉は克哉によって病院に運ばれたあとだった
ゆきの達が見たのは朱に染まったセブンスの中庭、しかしその場を見たとき感じたこ
とは、不思議にもすべてが終わった後なのだということだった
病院に駆けつけてみると、見つかったのは達哉一人だということだった
それはゆきのにとってある意味予想通りであり、同時に考えもしないことだった
地上滅亡、それ自体がすでに彼らの安否を決定付けていると思ったからだ
だが無事とは言いがたかったにしろ、一人でも生きているものがいた
その事実が何を意味するか・・・・つまりは終わったのだ
この事件を起こしていた何かが
ゆきのは満身創痍の達哉を見つめてそう思った
達哉は目覚めなかった
それどころか杏奈が何度ペルソナで回復を試みても、傷ひとつふさぐ事が出来なかった
杏奈は達哉はここにはいないと言っていた
ゆきのもそう思った
達哉の心はここにはない、だからこそその別心であるペルソナもきかないのだろうと
それが達哉自身の望みであるかはわからなかったが
それから幾日過ぎてからだろう、不意に達哉が目覚めたのは
目覚めるとともに、その傷は瞬く間に回復していった
しかし目覚めた達哉は何も語らなかった
仲間達のことはもちろん、事件についても
ゆきのは訊くことすら出来なかった
達哉の瞳に映る色が、あまりにつらいものだったから
数日を経て杏奈に呼び出され、ゆきのはその場にきていた
アラヤ神社に
達哉はいまだ自分がここにいる意味を見出せずにいた
兄の声に導かれたとはいえ、あの海からここに戻ってきたのは、確かに自分の意志だった
しかし・・・・何もないのは確かだった、今の自分に
だからこそ欲しかった今の自分を規定するものが
あの女の声が、微笑が
仲間達との時間が
・・・分かっている、望むことは・・・罪・・・
これは自分が選んだ・・・罰・・・
目を覚ましてからずっと、達哉は囚われていた
「向こう側」への想いに
己自身の縛鎖に
誰の顔も見たくはなかった
今の自分には、顔さえない気がしたから
だがゆきのが現れた
達哉は忘れていた衝撃が甦るのを感じた
自分の犯した罪がここにもあることを痛感して
達哉は杏奈を介しゆきのを呼び出した
自分の罪が眠るこの場所
アラヤ神社へ
達哉はずっと考えていた・・・・何を語るべきか、何から語るべきかと
語らねばならないことは分かっていた、誰よりゆきのに対しては
今この世界ですべてを知るのは自分だけ
・・・・・・・・だが語れなかった
冷たい風が何度も頬をたたくのを感じながら、いたずらに時だけが過ぎていった
そのときゆきのが静かに告げた
「周防、あんたが話したくなったら話せばいいさ、あたしはそれまで待ってるよ」
その言葉はまるで引き金のように達哉に響いた
見えない手が背中を一押しする
・・・・達哉は語り出していた
紡ぎ出された因果の果てを、隠された真実を、そして己が罪を
もはや隠すことは何も無かった
いや、ゆきのに対して隠すことは許されなかった
達哉にとってはこの告白こそが、彼女への罪の償いに他ならなかった
いつしか達哉はゆきのに対して膝を折り、頭を深く垂れていた
「俺はあなたにも罪を犯したんだ
藤井さんを失ったあなたに俺は偉そうにも言った
「遺志を無駄にするのか」と
・・・・・・・・大笑いだ、俺自身、舞耶姉の遺志を無駄にするどころか
仲間たちとの約束さえ果たすことが出来ないのに・・・」
ゆきのは、ただ黙して達哉の言葉を聞いていた
その内容は驚愕すべきものだった、痛みに満ちたものだった
もしそれを語ったのが、目の前の少年でなかったら、信じられるものではなかったろう
だがゆきのは知っていた、この少年の誇り高さを、その強さを
ゆえに、自分の前に膝を折り、頭を垂れ、一言一言語るたび
血を吐くような、毒を飲むような少年のその告白を止めることは出来なかった
ゆきのは静かに抱いていた
心の底で泣いている、罪の許しを願っている、その孤独な少年を
・・・それは大母の抱擁だった
「もう自分を責めるのはよしな、周防
あたしはあんたに感謝してるんだよ
あんた達は未来を作ったんだ、失われたはずの未来を」
ゆきのの口調はいつに無く穏やかだった
「・・・・だけど、俺はその世界さえ・・」
達哉はゆきのを振り払い自責の叫びをあげようとした
「でもあんたはちゃんと守ったんだろう?その世界を、仲間たちを、舞耶さんを」
達哉を遮り、ゆきのは続けた
「だからもう自由にしてやんな、あんた自身を
あんたの中の舞耶さんを
・・・・・・・あんたが舞耶さんを忘れる必要なんて無いんだよ
今のあんたにはそれが分るはずさ
仲間たちの為に、舞耶さんの為にここに戻ってきたあんたなら」
ゆきのの言葉はまるで聖母のそれのように達哉の心に染み込んだ
達哉は唐突に理解した、ここに戻ってきたわけに
自分がここにいる意味に
そう、答えは既に有ったのだ、ここに、この場所に
自分は此処で出遭ったのだ、何より大事な仲間たちに
・・・・・・そしてあの女に
その記憶は、思い出は、この世界のものに他ならない
ここが自分を作った場所、ここが自分のあるべき世界
達哉は世界が広がるのを感じた
地上を失い、この方舟だけになった世界が
不思議と無限になったような気がした
「・・・周防、ありがとう、あの人を、あの人が生きている世界を守ってくれて」
ゆきのはそんな達哉を見つめ一言静かに呟くと、音も無くその場を後にした
そこに自分はもう要らないと思ったから
ゆきのの姿が消えたのを感じながらも達哉は再び白銀の輝きを見つめた
その優しき眼差しは、あの女の眼差しはもはや痛みを伴わなかった
今なら解る、あの女の言葉の本当の意味が
だから忘れる、あの女を
だから忘れない、あの女を
・・・・・・舞耶姉・・・・・・
自分はここから歩き出す
みんなと、舞耶姉と出遭ったここから
もう自分は一人じゃない
それが解ったから
達哉もまた歩き出していた
・・・二度と社を振り返ることはなかった