向こう側達克のある意味一つの区切りです。
Intentionの「懺悔」、「悔恨」、あとは世界観の「礎」と合わせて読まれる事お勧めします。
達哉については、私の中にはいろんな達哉が住んでるもので、これはその一人となります。
ED後本当に彼が向こうに帰ったかなんて誰も分かりません。
もしかしたらこんな達哉もいるかもしれない、そう思いました。
達哉が最後に見せた顔と瞳がこの話を書くきっかけになりました。
- 帰還 -
那由他なる意識のきらめきがこの海を埋め尽くす
普遍的無意識の海を
達哉は一人立ち尽くし、その輝きを見つめていた
立ち尽くす、この表現は的確ではない
ここでは前も後ろも、上も下も意味をなさない
ただそこに在る、それこそがあっていたのかもしれない
「どうやら、世界はそのあるべき姿を取り戻したようだな」
ふいに、達哉の背後にそれは現れた
仮面をつけた一人の男
この海にすむ、人の意識の元型
「・・・ああ」
達哉は振り向かずに答えた
「彼らはその在るべき世界へと戻った、
・・・君も早々に戻りたまえ、君のあるべき時間と空の下に」
仮面の男-フィレモン-は達哉に向かいそう告げた
達哉は静かに振り向くと、ゆっくりと首を横に振った
「・・・俺は戻らない」
そう言った達哉の瞳には、ただ静かな感情が映っていた
それは言葉では表現できない感情
それでも近い言葉を探すなら、それはもっとも幸福な死を望む者の瞳
「・・それは己が罪を償い、なすべきことをなしたと言う意味かね?」
フィレモンは抑揚のない声でそう尋ねた
「・・・ああ。俺は今度こそ仲間たちとの約束を、
舞耶姉を守ると言う約束を守った。だからもういい」
達哉は一言一言を確かめるように続けた
「あいつらのいる世界を、舞耶姉のいる世界を守れたなら
俺がいる意味はもう無い」
それが本音だった
向こう側に戻るつもりなど最初から無かった
しかしだからといって、誰よりも側にいたい人たちといることは出来なかった
この海に融けてしまいたい
もはや自分には何も無いのだから
一緒にいたい仲間も
守りたい女も
達哉は再び人々の意識が織り成す宇宙を見つめた
ただ静かに
「・・・・君の望むようにするがいい」
フィレモンはそう告げると、仮面をはずす
「君も知る通り、ここでは強き願いが現実となる、
君がそれを望むなら、君の望みは現実となろう」
仮面をはずしたその奥には、そこには何も無かった
「これが今の君だ。君はもはやこの海そのもの、
いずれその姿さえ消えてなくなろう」
感情の無い声がそう告げる
「・・・・ああ」
達哉は静かに頷いた
そう、消えてなくなればいい、自分さえ
達哉の姿は、いつしかおぼろげな輪郭のみになっていた
そのままどれだけの時間が過ぎたのだろうか
いや、ここで時間など関係ないのかもしれない
自分が、個ではなく全になっていくのを他人のように見つめながら
達哉は自嘲の笑みを漏らす
それでも自分がまだ周防達哉であることに
「君の強き意思に敬意を表する、ここで己をそれだけ保てるものは少ない」
フィレモンの声がどこからとも無く聞こえた
もはや自分の容さえ達哉は失っていたからだ
「君は自分が思っている以上に、君でいたいのだよ」
耳を失った達哉の意識にその声は直接響いてきた
「だからこそ君はいまだ君でいるのだ、この海で」
達哉はおぼろげな意識の中で否定しようとした
「・・・・」
しかしもはや言葉さえ浮かんでこなかった
「・・・消え行くか、それも一つの道。
己強き少年よ、これは私から君への最後の言葉だ」
そのときの達哉にはどうでもいい事だったが
そのフィレモンの声には、今までとは違い感情が在ったように思えた
「己が罪を見据えしものよ、その瞳でこの海を見よ
汝の苦しみを、汝の痛みを、己がもののみに捉えるな
人は皆個であり全、全であり個、その罪もまた・・」
言葉が染み込むと同時だったかもしれない
達哉は自分が消え行こうとしたその瞬間、確かにその声を聞いた
「・・・・や!・・たつや!達哉!」
その声が誰のものか、はじめは分からなかった
ただその声に含まれる感情は誰より知っていた
後悔、罪悪感
誰より自分が知っているもの
そして気づいた、その声が誰のものか
・・・兄さん?・・・
達哉はいつしか自分を取り戻していた
周防達哉という自分を・・・
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克哉は椅子に座りながら、青白い弟の顔を見つめていた
幾本もの無機質なチューブや機器に繋がれた達哉の姿
あれから幾日たったのか、自分でもわからなくなっていた
達哉を発見してから
克哉は港南署がなくなってからも、公僕としてその役目に忠実だった
組織と言うのは脆いもので、命令系統が機能しなくなると
途端その力を失う
しかしだからといって指をくわえている訳にはいかなかった
助けを求める声は街中にあふれているのだ
自分は公僕だ、誰よりその声に答えなくてはいけない
そんな使命感が克哉を動かしていた
しかしあの日以来あまりに多くのものが変わってしまった
いや、それ以前からその兆しはあったのだが
とはいえ、イン・ラケチの予言(克哉はいまだ信じられないのだが)
は成就し地上の滅亡というあまりにもショッキングな事態は
未だに夢なのではないかとさえ思えた
また、あれだけ騒ぎを起こしていたナチの残党が、その姿を消しはじめ
人々は今まで自分たちが噂し、酔っていた立場に、
その無責任さに気づき、冷静になり始めていた
街はその静けさを取り戻そうと必死になっているように思えた
静けさを取り戻し始めたとはいえ、街はまだまだ混乱していた
克哉は昼間はその収束に力を尽くし
夜は両親に代わり達哉に付いていた
目覚めない弟に
毎日が同じ連続だった
それでも克哉は心のどこかで願っていた
「明日になれば」と
毎日弟の名を呼びながら
救えなかった自分を責めながら
虫のいい願いであると知りながら
その日もいつもと変わらなかった
疲れ果てた身体とは裏腹に
淡い期待をもちながら
病院に行く
そしていつもの絶望感
椅子を引き寄せ、達哉のとなりに腰掛ける
その顔を見つめ何度も名を呼ぶ
答えが返ってこないことなど百も承知で、それでも藁にすがる思いで
それが起きたのは、東の空が白んできた頃だっただろうか
克哉は眠たい目をこすり、再び始まる一日に少しの絶望を感じながら
それでも希望を忘れずに、もう一度弟の名を呼んだ
変化はそのとき訪れた
気のせいだろうか、克哉は再び目をこすり
自分の眠気が見せる幻ではないかと疑った
しかしそれは幻ではなかった
達哉の身体が僅かに身動ぎし、うっすらとその目をあける
達哉!
その叫びは声にならなかった
達哉はそのおぼろげな視界の中に克哉の姿を捉えていた
「・・・兄さん?・・・」
克哉はその声に我に返ると、いまだ焦点の合わない目で自分を見ている達哉に
精一杯の言葉を搾り出した
「・・ばか者が、いつまで寝ているつもりだったんだ?おまえと・・しん・・」
語尾は声が詰まって言葉にならなかった
「・・・兄さん、・・・・ありがとう」
達哉はそんな克哉の声に一言だけ呟くと、再び眠りの淵に落ちていった
克哉は達哉の呟きに、ほんの少し自分の中の後悔がそのとげを丸くしたような気がした
再び眠った達哉の顔を、克哉は涙で曇った瞳でいつまでも見つめていた
空はいつしか晴れ上がり、眩しいほどの朝日が世界を照らしていた
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