∞―――――――――∞ 喪失 07 ∞―――――――――∞
「くたばれぇっ!!」
荒垣の渾身の一撃に、刈り取る者が、ぐらり、と揺れた。
その隙を逃さず、美鶴が剣を繰り出す。
少しずつ、削がれていく、刈り取る者の、力…。
僅かに、欠けた仮面。
だが、まだ、倒れる気配はない。
「アイギス…お願い、2人を助けて…。」
二人の、戦いから目を逸らすことなく、立っていた透流が、震える事で口にする。
「…ですが…。」
「私…は、大丈夫。
ここから、動かないから。
武器も、ちゃんとある、し…。」
薙刀を手にして、アイギスを見上げる彼女の、その手は震えている。
「ダメです。
私は貴女を守ると、荒垣さんと約束したんです。」
アイギスは、透流の震える手をしっかりと握りながら、告げる。
その瞳に宿る、アイギスの思いが、透流の中から、何かを呼び起こす。
「…私も…、戦えるよ。
だって、身体が、きっと覚えてる。」
す、とアイギスの手を解くと、透流は薙刀を突き出す。
アイギスの頬を掠め、それは背後に忍び寄っていた刈り取る者を、貫いた。
振り向きざま、アイギスは機銃を、薙刀が貫いた、その場所に向けて、発射した。
無数の弾丸が吸い込まれていく。
その、背後から、荒垣と美鶴が、攻撃を仕掛けるのが見え、アイギスは透流の腰に手をまわすと、そのまま後ろへと飛び退った。
「喰らえ!!」
「落ちろっ!!」
荒垣が、振り上げるようにして、杖をふるい、美鶴は凄まじい鋭さで、突きを繰り出す。
切り裂かれ、刈り取る者の動きが、止まる。
「アイギス!」
荒垣の声に、アイギスが死神に視線を固定する。
そして、荒垣と美鶴、二人の手にあるのは、召喚器…。
「ペルソナ!!」
三人の声が、響き渡る。
「ブフダイン!!」
美鶴の凛とした声が、死神を、その周りの空気ごと、凍てつかせる。
凍りつき、動きを止めた、その隙を逃さず、アイギスと荒垣が物理攻撃を仕掛ける。
「ゴッドハンド!!」
二人同時に、同じ技を繰り出す。
ペルソナが、凄まじい速さで刈り取る者へと向かっていく。
氷が砕け、風が起こる。
四人は、風から身を守るように、自ら手で庇いつつも、刈り取る者から視線を外さない。
その、視線の中、刈り取る者の、仮面に、ピシリ、と細かな亀裂が走ったかと思うと、それは軽い音を発して砕け散った。
『やりました!!』
風花の声が響く。
目の前で、霧散していく刈り取る者の姿を、四人は、じっと見つめた。
薙刀を手に、立ちつくす透流の元へ、荒垣が駆け寄る。
指先が白くなるほど、薙刀の柄を握りしめている、透流の肩に手をかけると、震えながらも、透流は荒垣を見上げて来た。
「…身体は、覚えてる…か。
すまねえな、危ない目に遭わせて…。」
指先を、荒垣がやさしく包むと、ようやく、透流の身体から、力みが抜ける。
「わ…私…。」
「大丈夫だ…。」
荒垣が、頭に手を置くと、透流は荒垣の胸に飛び込んで来た。
ぎゅーっとしがみついたまま、離れない。
普段、遠慮がちで、あまりこういう行動にでない透流の、予想外の行動に、荒垣は戸惑う。
「お、おい…。」
「ごめんなさい…、少しだけでいいから…。」
震える声で、そんな事を言われて、突き放す事が出来る訳もなく、荒垣は、彼女の背に腕を回すと、抱きしめてやる。
「もう少しだ。
もう少しで、全部終わるから。」
荒垣は、なだめるように、声をかける。
そして、ゆっくりと背後を振り返った。
「…お前の、記憶を…必ず取り戻してやる。」
呟いた荒垣の、視線の先に居たのは、”死神”と呼ばれた、ものだった。
四人へ、向かって来るでもなく、ただ、そこに佇んでいる其れからは、害意というものは感じられない。
確かに、迷っている、というのが正しいのかもしれない。
ゆら、と揺らめきながら、それはその場から動こうとしない。
「…山岸。」
『はい…、感じます。
透流ちゃんから感じてた…気配と同じものを…。』
荒垣は、透流から身体を離し、アイギスの元へ移動させると、ゆっくりと、其れに近づいていく。
骸の、杖を、握りなおす。
…いつでも攻撃を仕掛けられるように。
近づいてくる、荒垣に、”死神”は微動だにせず、まるで待っているかのようだった。
荒垣が、すぐ傍まで近づき、そして立ち止る。
死神と、荒垣の、視線が交わる。
その時、骸の杖が、その何も映していない髑髏の眼窩に、紅い光が、灯る。
それに呼応するように、目の前で、”死神”の姿が、揺らいだ。
「…とおる…。」
荒垣の呆然とした呟き。
そう、荒垣の目の前で、”死神”は、透流の姿へと、変わった…。
「先輩…。」
狂気を孕んだ声で、呼ばれ、顔を上げると、”透流”が、その手に薙刀を握り、嗤っていた。
「荒垣!!」
美鶴の声が、遠くに聴こえる。
荒垣は、ただ、”透流”の瞳に、囚われ、魅入られていた。
「危ない!!」
金属の、ぶつかる音に、我に返った荒垣は、薙刀を受け止める美鶴の背中を見て、慌てて後方へと退く。
そして、カストールを呼び出すと、”透流”に向けて、物理攻撃を仕掛けた。
”透流”は、ふわりと飛びあがると、カストールの攻撃をかわした。
「チッ!」
思わず舌打ちする荒垣だったが、”透流”は、ふわりと浮かんだまま、じっとこちらを見つめている。
攻撃を、当て損ねた理由は分かってる。
攻撃を、加える、あの、一瞬。
躊躇いが、あった。
「…躊躇ってる場合じゃ…ねえ、よな。」
荒垣は、”透流”に向かって、骸の杖を振るう。
”透流”は、微動だにせず、ただ、それを見つめている。
攻撃が当たろうかとする刹那、荒垣は、僅かに身体を捻る。
杖は、”透流”を掠めて、空を切った。
「荒垣!」
「分かってる…!」
「荒垣さん…。」
消え入るような、透流の声に、荒垣は思わず振り返る。
祈るように、胸の前で腕を組み、心配そうに、荒垣を見つめている、その姿に、荒垣の焦りが、急速に静まっていく。
「透流。」
「はい。」
「悪い…、もう、迷わねえ。」
「…はい。」
荒垣は、”透流”に向き直ると、召喚器を手にした。
「ペルソナ…っ!!」
顕現した、影は、迷わず、”透流”へと向かって突進する。
ドン!!
大きな、衝撃音。
荒垣は、ペルソナから伝わって来る衝撃に耐える。
視線の先で、ゆらりとゆらめく”透流”の姿が見える。
すかさず、荒垣は骸の杖を手に、”透流”へと突っ込んでいく。
その手にあった、薙刀が、姿を変える。
大きな、剣で、”透流”が荒垣の杖を受け止めた。
「桐条…構わねえ、攻撃しろ!!」
「わ、分かった!!」
美鶴が、”透流”の背後から、切りかかる。
”透流”は、ちら、と美鶴を見やると、荒垣の杖を弾き飛ばし、美鶴へと剣を向ける。
「桐条!」
体勢を崩しながらも、荒垣がカストールを呼び出す。
突っ込んできた美鶴に、”透流”の切っ先がかかる寸前で、その身体を抱え、庇った。
「うっ!!」
荒垣の背中に、衝撃が走る。
目の前で、カストールの背中が、”透流”の剣で切り裂かれていた。
「山岸、あの剣は…」
『はい、荒垣先輩のペルソナに触れた瞬間に、先輩から、あの”透流”ちゃんの姿をしたものに、エネルギーみたいなものが…』
「…てことは、アレはペルソナを傷つける事が出来るって事だな。」
『…はい、そうなると思います。』
「だとさ、桐条。」
「分かった。 ペンテシレア!」
美鶴はペルソナを呼び出すと、氷結魔法を、”透流”へと放つ。
動きが鈍った、その隙に、荒垣が再びカストールを召喚し、物理攻撃をしかける。
アイギスの背に、庇われた透流は、二人の戦いを見つめ続ける。
”透流”が攻撃を受ける度、衝撃が走るのを、必死で堪える。
「…透流さん?」
何度目かの攻撃を受け、堪え切れず、うめき声を漏らした、透流を、アイギスが振り返る。
その瞳が、驚愕に見開かれた。
「透流さん!!」
アイギスの叫び声に、荒垣と美鶴が、視線を向ける。
そのまま二人は凍りついた。
アイギスに、支えられるようにして立っている透流。
明らかに、様子がおかしい…。
「山岸…!」
荒垣の悲痛な声が響く。
『透流ちゃんと、”透流”ちゃんの影は…繋がってます…!!』
荒垣は、”透流”を見上げる。
苦悶の表情をうかべる”透流”は、だが、静かに、荒垣を見下ろしている。
--ああ、そういうことかよ。
荒垣は、一つの、可能性に気付く。
「透流。」
「…はい。」
荒垣に名前を呼ばれた透流は、苦しげに、それでも、はっきりと答える。
「諦めるなよ。
お前が、諦めたら、終わりなんだからな…。」
呟きつつ、荒垣は骸の杖を、握りなおす。
「吹き飛ばされねえように、踏ん張っとけよ!」
そう口にすると、荒垣は杖を振り上げた。
「はぁッ!!」
渾身の力を込め、荒垣は杖を振り下ろす。
髑髏の、紅い光をともしていた、眼窩から、強烈な光を放ち、タルタロスの床を、叩き割るほどの衝撃を放つ。
杖が叩きつけられた場所から、放射状に、亀裂が走り、同時に空気が切り裂かれ、風が起こった。
強烈な風にあおられ、”透流”はバランスを崩し、後方へ飛ばされていった。
「アイギス、透流を、守れ!」
叫ぶと、荒垣は床を蹴って”透流”に向かって飛び出した。
杖を振りかざし、”透流”へと迫る。
一瞬、視線が交差する。
荒垣は、微笑みを、浮かべた。
『きゃああああっ!!』
風花の悲鳴が、響く。
美鶴、アイギス、そして、透流。
三人の視線が、集まった、その先で、荒垣が、巨大な刀身に、貫かれて、いた。
「桐条… 魔法攻撃で動きを封じろ…!」
「しかし、そのままではお前が…。」
「構わねえ…、早く!」
荒垣は、”透流”の腕を掴んだまま、ぐい、と進み出る。
ずぶずぶ、と、荒垣の身体へと、飲み込まれていく刀身…。
滴り落ちる、鮮血。
「透流…、耐えろよ。」
「ブフダイン!!」
荒垣が、透流に微笑みを向けると同時に、美鶴の声が響いた。
「ぐ…ッ!!」
「きゃあっ!!」
荒垣が低いうめき声を洩らし、透流が、悲鳴を上げる。
アイギスにしがみつき、透流は必死でその衝撃に耐えていた。
荒垣は、貫かれた身体に構わず、”透流”の身体に触れる。
氷結魔法のせいで、”透流”の身体も、自分も、恐ろしいほどに冷えている。
怯えた様な、”透流”に、微笑むと、荒垣は抱き寄せた。
「戻ってこい…。
独りで、泣くな。」
耳元で囁く。
剣を、握りしめていた手が、力を失い、代わりに、荒垣の胸元を、掴む。
震える、手。
「…良い子だ。」
頬に、手を添えると、”透流”は、それに素直に応じて来た。
荒垣は、誘われるまま、口づける。
「透流…、お前は、お前でいれば…いい。
怖がるな。
独りで、全部抱えるな…。
俺が、傍に…居る。
不安なら、全部、お前にやる…。
俺の命も、身体も、心も、全部。」
囁きは、透流にも、聴こえていた。
心の中に、染み込んでくる、その、言葉。
「あ、ら、がき せん ぱ い…。」
透流と、”透流” 二つの唇が、同じ言葉を刻む。
次の瞬間、青い光がフロア中に溢れ、美鶴とアイギス、そして風花は、視界を失った。
泣いているコドモがいる。
ゆっくりと、声がする方へ、荒垣はゆっくりと近づく。
座り込み、泣くじゃくる、小さな、コドモ。
それは、すぐに、透流だと、分かった。
「どうした、何で泣いてる。」
すぐ傍に座り、背中を撫でながら、声をかけてやると、その子供は、ぐしぐしと、目をこすりながら、荒垣を見上げて来た。
「…いたくない?」
「ん?」
問われ、コドモの視線の先にある、自分の腹をみる。
突き刺さったままの、剣。
傷口からは、鮮血が、滴り落ち、血だまりを作っていた。
「…大丈夫だ。
こいつは…、お前の、記憶の一部だからな…。
だから、お前に返さなくちゃなんねえ。
…怖けりゃ、目を瞑っとけよ。」
荒垣は、剣の柄に手をかけると、ぐ、と己の身体から剣を抜く。
ごぼり。
胸から、込み上げてくるものを、荒垣は吐き出す。
大量の血が、失われているのを、感じる。
急激に下がる、体温。
指先が震えた。
「さぁ、これを持って、行くんだ。」
「…どこに?」
「後、見てみな。」
コドモは、言われるままに振り返る。
そこには、透流がいた。
「どうすればいいか、お前は知ってる。
行くんだ。」
「…でも…。」
「俺は、平気だ。」
背中を、そっと押してやると、コドモは剣を抱きかかえ透流へと駆け出していく。
二人が、触れた、その、瞬間、青い光を放ち、コドモは消えた。
「お前も、行けよ。」
膝をついた荒垣は、苦しい息の合いまに、言葉を紡ぐ。
「俺の命は、お前に…やる。
だから…いけよ。」
「…諦めないで。もう少しだけ…。
先輩は、まだ、やらなくちゃいけないこと、あるでしょう?」
「そう…か、そうだな…。」
透流の、腕に、抱かれ、荒垣は目を閉じる。
--ああ…、温けえ…。
荒垣は、温もりに満たされ、安らかな気持ちに包まれた。
拡散し始めていた意識が、その、温もりに守られるようにして、再び一つにあつまる。
「透流…。」
呟いた、自分の声に、荒垣は重い瞼を開ける。
目の前に、心配そうにのぞきこむ、透流の顔。
その瞳から、ぽろぽろと、美しい真珠が零れ落ちる。
「何だ…、泣き虫だなぁ…おめえは…。」
「先輩…、私、思い出した…、ちゃんと、受け取ったよ…。」
「…そうか…。」
荒垣は、安堵の笑みを浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。
「悪ぃ… 酷く、眠いんだ…。
少しだけ…、このまま…。」
透流の腕に抱かれ、荒垣の身体から、少しずつ抜けていく、力。
死ぬのだとは、思わなかった。
ただ、眠りが、欲しかった。
透流に、抱きしめられたまま、静かに、荒垣の腕が、タルタロスの、冷たい床に、落ちた。
∞――――――――――――――――――――――――∞
まだ、後少しだけ・・・・
この世界に、いさせてもらえるのは喜びか、否か
まだ、後少しだけ・・・・
この世界に、いさせてもらえるのは喜びか、否か